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2017年06月09日

「梅雨入り②」

梅雨入り 日本人





さて、今日のお昼に更新した内容では、梅雨入りの話をすると、大体みなさんうっとうしいと思っていても雨が降らないと困ると思っていますというお話でした。




その一つの答えとして「水不足」があります。




そして、もう一つ雨が降らないと困ると思っていることがありますよねというところで終わっていましたね。




この答えは、ぼくにはとても日本人的な理由だなと感じられるんです。




といっても、ここまで引っ張るような話でもないんですけどね。。。(笑)




では、どうしてこんなに引っ張っているのかというと、私たちはそれぞれ生まれた環境や育ってきた環境から影響を受けて生きているんだなと感じたからなんです。




話を無理矢理難しくするつもりはないのですが、今回のように同じ会話の流れで同じようなことを思ったり、考えたりするのってよくよく考えてみると、とても面白いと思いませんか?




当たり前ですが、私たちは同じ人間ですが全く違う存在ですよね。




でも、日本人・奈良県人・生駒市民など大きなコミュニティから小さなコミュニティまで色んなつながりを持って生きています。




これは、本人がそんなことはないと思っていても、必ずどれかのコミュニティにはつながっています。




いつもいつもこんなことを考えているわけではないのですが、今回は何となくそんなことを思いました(笑)




なんだか同じ日本人なんだな~って感じたんですよねface02




では、いままで伸ばし伸ばしにしてきたもう一つの困ることをここで発表しますね。




それは、「日本のおいしいお米が食べられなくなる」です。




どうですか?



お米がそれほど好きではない人もいるかもしれませんが、なんだか日本人らしいとは思いませんか?




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  • Posted by 吉祥(きちよし) at 00:00歴史を考える

    2017年06月08日

    「梅雨入り」

    梅雨入り 日本人





    近畿地方もめでたく(?)昨日から梅雨入りしましたねicon03




    何となくですが、梅雨入りするのが早いような気もするのはぼくだけでしょうか(笑)




    気象庁が梅雨入り宣言をしましたので、まぁ大体の会話の初めはこの話題からになりますよね。




    そうすると、だいたいみんな同じような会話の流れになるようですface02




    どのような流れかと言うと、雨はうっとうしいけれど雨も降ってもらわないと困るというお話です。




    さて、あなたはこの続きの会話として、どうして梅雨は雨がうっとうしいと思っていても雨が降ってもらわないと困ると思いますか?




    だいたいこの話題になった時に2つのことで困るという人が多いと思います。




    それでは、一つだけヒントをあげましょうね(笑)




    1つの答えは、「水不足」です。




    って、ヒントじゃなくて答えやんface08と突っ込みが入りそうですが・・・(笑)




    やはり、この季節に雨が降らないと水不足になってしまう確率が高くなるので、うっとうしいけれど雨は必要だと考える人が多いようです。




    では、雨が降らないと困りますよね~というもう一つの答えは何でしょうか?




    この答えは、ある意味とても日本人的な答えではないかとぼくは思います。




    確かに、これがなくなるとぼくはとても困るからですICON62




    おっと、またヒントを出してしまいましたね(笑)




    では、この答え合わせはまた明日ということでICON118





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  • Posted by 吉祥(きちよし) at 15:10歴史を考える

    2017年03月17日

    「歴史を学ぶということは」

    歴史 学び




    歴史を学ぶということはどういうことなんだと思いますか?




    ぼくは、人の生き方や時代の流れ方を学ぶことなんじゃないかなと思うんです。




    人は一回しか人生がないことは当たり前ですよね。




    でも、歴史を学ぶことで色んな人生や時代を生きることが出来るといったら大げさですが、知得型の体験をすることが出来ます。




    決して、ぼくは受験勉強などのように暗記することだけが歴史の勉強だとは思いません。




    そして、私たちはこの時代に生きていますが、この時代になるまでには多くの時間がかかっています。




    その間には、数えきれないくらいの内戦があり、親・子供・友人など身近な人たちの間ですら殺し合いが繰り広げられてきたという事実があります。




    あなたもテレビなどでシリアのことを見たりして心を痛めることはありませんか?




    そして、どこか他人事のような気がして、現実的な感覚では見ていないと思いませんか?




    戦争の規模や武器の進化など戦い方は変わっているかもしれませんが、内戦という大きなくくりの中ではまったく同じことがつい何百年としか経たない頃に日本では行われていました。




    幕末なんて100年ちょっと昔なだけですよ。。。




    今わかっていることが歴史のすべてではありません。




    それは、ぼくたちが習っていたころの足利尊氏の肖像画が実は違って、いまは騎馬武者になっていることでもわかりますよね。




    歴史は事実ですが、今の歴史が真実かどうかはわかりません。




    歴史を見ても分かるように「事実=真実」とは限らないのです。




    今でも、源義経や織田信長のように死んだ後の身体が見つかっていない人は伝説的な存在としてどこかで生きているというようなことがささやかれています。




    義経なんかチンギス=ハンになって中国大陸を統一したなんていわれてますよね。




    そんなはずないと思いながらもそうかもしれないと思わせることが出来るってすごいですよね(笑)




    そして、そんな歴史に名前が残っている人というのは総じて普通の人生ではなく、壮絶な人生を送っている人が多いです。




    そんな人生の中には学べることもたくさんあるのではないでしょうか?




    それは、いいこともあれば悪いこともあるでしょう。




    そんなときは、いいことだけ学ぶのではなく悪いことからも学んで反面教師にするということも出来ます。




    一番いいことは、いいも悪いも関係なく学べると一番いいのかもしれませんが、そのことを考えすぎることもまた歴史からの学びを邪魔するかもしれませんがicon10




    長々と書きましたが、歴史は暗記するものではなく、生き方や時代を学べる一つのツールであり、年配の方との話題のツールであるということですかね。




    ざっくりとし過ぎましたが(笑)




    歴史を学ぶことに意味がないと考えている人もいるかと思いますが、その意味のない時間の繰り返しが今という時代を作り出しました。




    そこには、「たられば」はありません。




    そして、これからの時代も今という意味のない時間の繰り返しが作っていくんだと思ったら、興味はなくても何となく不思議な感覚にはなりませんかface02




    ぼくが歴史好きだからかな~(笑)





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  • Posted by 吉祥(きちよし) at 11:11歴史を考える

    2017年03月16日

    「誰よりも秀吉に使えた男 石田三成」

    石田三成




    さて、石田三成さんのことについて本当に簡単ですが、書いてきました。




    ぼくは、実はそんなに言うほど三成さんが好きな武将ということではありません。




    でも、この人の人生はずっと豊臣秀吉と共にあったんだなと感じます。




    それは、ぼくにはわかりませんが、三成さんにとっては本当に幸せだったのではないかなと思うんです。




    石田三成という人は、よく知られているようにとても石頭で融通が利かない人で、しかもおそらく癇癪持ちだったのではないかとも思います。




    今で言うところの、ホットプレート型の人間ですね。




    まったく関係ありませんが、以前何かの番組でガクトさんが言ってましたが、Xジャパンのヨシキさんがそのタイプらしいです(笑)




    そんな人ですから、とても敵も多かったでしょうし、勘違いされて逆恨みされることも多かったでしょう。




    でも、融通が利かない性格の人は、この人と思う人の為にはどんなことがあってもついていこうとします。




    おそらく、三成さんも自分の性格のことは自分でわかっていたと思います。




    そんな自分のことを信じてくれて、ここまで引き上げてくれた秀吉さんのことを父のように思い、敬愛することはとても自然なことだったのかもしれませんね。




    もちろん、文官として並外れた技量と才能があったことは間違いありませんが、社会で生きていくのはそれだけでは難しいので、自分を守ってくれる存在が必要ですよね。




    三成さんにとって、それが秀吉さんだったわけです。




    だから、どれだけ周りから嫌われようと陰口をたたかれようと何をされても、秀吉さんから信頼されている限り我慢できたし、周りの声なんてどうでもよかったんだと思います。




    そして、秀吉さんが三成さんを特に必要としていた大きな理由は三成さんの実直なまでの献身性ともう一つが大きな理由があると思います。




    それは、先ほども言ったように三成さんが文官としてずば抜けて優秀だった点です。




    秀吉さんには、加藤清正を代表に何人も勇猛果敢な武将もいたし、竹中半兵衛や黒田官兵衛のように戦略を考えて戦を勝たせてくれる軍師もいました。




    でも、何が大変って、もちろん天下統一することも大変ですが、その後の処理が大変です。




    法律は考えないといけないし、いままでバラバラだったものを統一することなんてとてもじゃないけどどのくらい大変なことなのかわかりませんICON62




    そんなときに他の誰よりも頼りになったのが三成さんだったんだと思います。




    しかも、どんなに人から非難されるようなことも、全部三成さんが代わりにしてくれるので、自分はずっといい人でいることが出来ます。




    秀吉さんにとって、これほど信頼出来て、なんでも任せても安心できるような人がいるでしょうか(笑)




    三成さんは、自分が先頭を切って走っていくのは向いていないかもしれませんが、二番手で内部を掌握する才能には長けていたんだと思います。




    その場合、ナンバー1が被らない分の毒まで自分が飲まないといけないことになっても、三成さんは死ぬまでその毒を飲み続けたんだと思います。




    ぼくから見ると、本当に心から秀吉さんを敬愛し、秀吉さんのために自分の人生をささげた人に思えます。




    この人の人生そのものが、秀吉さんに対する自己犠牲の人生だったのではないでしょうか。。。




    あなたは、三成さんのような人生は幸せだと思いますか?それとも不幸せだと思いますか?




    少なくとも、この人の為なら自分の人生はどうなっても構わないと思えるような人と出会えて、その通りの人生を送れる人ってどのくらいいるんでしょうか。




    そのような人生がはたして本当に幸せな人生かどうかはわかりませんが(笑)




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  • Posted by 吉祥(きちよし) at 11:11歴史を考える

    2017年03月15日

    「誰よりも秀吉に使えた男 石田三成」

    石田 三成




    さて、昨日の続きで「石田三成」について書いていきたいと思います。




    戦が苦手だった三成さんのエピソードは、実は映画にもなっています。




    その映画は、「のぼうの城」という映画で、主演が野村万斉という狂言で有名な人です。




    この映画の中で、上地雄輔さんが石田三成の役をしています。




    簡単に説明すると、このとき豊臣秀吉は圧倒的な数で当時最後まで秀吉さんに抵抗していた北条さんに兵を向けていました。




    その北条さん側に「忍城(おしじょう)」という城があって、そこを攻略するように秀吉さんから三成さんに命令が下ります。




    実は、この戦いは数だけで見ると圧倒的過ぎて、すぐにでも落とせてしまえそうなくらい簡単な戦いになると思われていました。




    しかし、敵である「忍城」の面々も予想に反して抵抗します。




    そして、最終的に北条側の城でこの城だけ落とされることなく北条が負けてしまいます。




    この戦を経験したことで、三成さんは自分には戦の才能がないと考えるようになります。




    そこで、先日ご紹介した「島左近」を自分の参謀として招き入れることになるんですね。



    自分に出来ないことは、誰かの力を借りて補えばいいということをよくわかっていたんでしょうね。




    そういうところは、とても頭が柔らかいというかなんというか(笑)




    もしかすると、こうする方が論理的なことだと考えたのかもしれません。




    そして、貴方もご存知のようにこの三成さんは、本当に秀吉さんのために働きます。




    正直、秀吉さんの部下の中でも一番秀吉さんのために働いたのが三成さんではないでしょうか。




    そして、それは秀吉さんがなくなった後もです。




    関が原で負けて処刑されて死んでしまいますが、他の豊臣恩顧の武将が徳川家康側に付くなか、三成さんは秀吉さんへの忠義に殉じます。




    まぁ、三成さんのやり方も不器用すぎるので、他の武将たちも腹に据えかねての行動とも思いますし、豊臣家に対して反乱を起こしたのは家康さんだけで他の面々は光成さんに対してということかもしれません。




    確かに、三成さんはそこまで思われるようなことをしたのかもしれません。




    しかし、ちょっと考えてもらいたいことがあるんです。




    ここでもし、三成さんが嫌われ役をしてくれないと誰が一番困ったのでしょうか?




    もちろん、三成さんがその人の為にそこまで考えて嫌われ役を引き受けていたのかどうかはわかりません。




    でも、どこかそう思わずにはいられないんです。




    だから、それがわかっていた人は、三成さんのために命をかけてまで一緒に行動を共にしたのではないでしょうか。。。




    本当は、もっと書きたいこともあるし、話をしたいこともあります。




    でも、このブログはそういうブログではないので割愛します(笑)




    実は、この三成さんの人生を見ていると、何か考えさせられることがあるんです。




    明日は、その話をしてみたいと思いますICON118




    つづく


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  • Posted by 吉祥(きちよし) at 11:11歴史を考える

    2017年03月14日

    「誰よりも秀吉に使えた男 石田三成」

    武将



    さて、今日の画像の武将は誰なんでしょうか?




    あまりにわからなさすぎるのがいいと思ってこの画像にしました(笑)




    これからの武将の話にするときは全部こいつが出てきますので、覚悟しておいてください(笑)




    さて、今日は「石田三成」という人の話をしようと思います。




    ちなみにですが、自分でハードルを上げているのか気付いていませんが、ぼくが話をするような話は歴史好きの人なら知っているようなエピソードばかりですよ。




    歴史的大発見なんて間違ってもありませんから気を付けてくださいねface08




    では、始めましょう。




    「石田三成」は、幼名(子供のころの名前)を「佐吉」といって、滋賀県のどこぞの寺で丁稚奉公していました。


    ※昔の武士は、15歳くらいで元服と言って大人になるのですが、それまでは幼名と言って違う名前がありました。

     有名なところでは、源義経(牛若丸)・徳川家康(竹千代)などがそうです。





    そんな佐吉君のところに、どういういきさつか知りませんが、かの有名な「豊臣秀吉」さんが現れます。




    どうやら、相当頑張って移動している途中だったらしく、ひどくのどが渇いていた秀吉さんは、我慢できなくなって寺によりお茶がほしいと言ったのでしょう。




    そのときにお茶を持ってきたのが佐吉君です。




    佐吉君は、まずひどくのどが渇いている秀吉さんのためにお茶を一気に飲めるようぬるいお茶を出しました。




    もちろん、秀吉はのどが渇いていたので一気に飲んで、もう一杯お茶がほしいと言います。




    次に佐吉君は、さっきよりもすこし熱いお茶を持ってきます。




    すると、秀吉さんはさっきよりは一気に飲めないけど、飲み切り、もう一杯と言います。




    佐吉君は、3杯めはとても熱いお茶を持ってきて、秀吉さんはそれを落ち着いた表情でゆっくり飲んでのどを潤します。




    一応、このやりとりは寺の誰かに言われて、佐吉君がしたのではなく、自分で考えて秀吉さんをもてなしたそうです。




    正確には知りませんが、まだ佐吉君は小学生か中学生くらいの年齢だと思います。




    そんな少年にこんなおもてなしが出来るなんてすごくないですかface08




    と、そのときの秀吉さんも思ったようで、この佐吉君を自分の秘書にするために寺から自分の元へ引き取ります。




    そんなこと出来るのかと思わなくもないですが、それはその当時勢いがあった秀吉さんなら可能だったんでしょう(笑)




    この出来事が石田三成さんの歴史への登場です。




    ちなみに、歴史のドラマなどを見ていると、秀吉さんが三成さんに対して、「佐吉」と呼んでいることがあります。




    というか、ほとんどそう呼んでいますが、その理由は光成さんの幼名が「佐吉」だったからです。




    そして、この三成さんと同じようにのちの大名となるすごい人物の中に「加藤清正」さんと「福島正則」さんがいます。




    この三人は、秀吉さんの奥さんのねねさんが子供のころから育てた兄弟のような存在です。




    ですので、秀吉さんもこの三人に対しては子供のころの呼び方で呼んでいたようですねface02




    さて、こんな三成さんはとても得意なことがありました。




    それは、今で言うところの経理や人事などの社内で行う仕事です。




    昔のことですから、兵糧(お米)の管理やどこに誰を治めされるかなどの人事は一手に三成さんが担うようになっていきます。




    あなたもご存知のように、石頭の融通の利かない人がこのような職についていると、上の人間はとても安心ですが、下の人間からするとやりにくくてしょうがなしですよねICON62




    と、この当時のみなさんも三成さんに対してはそう思っていたと思いますよ(笑)




    もちろん、このことは秀吉さんの思い通りの展開だったのだと思いますけど(笑)




    さて、そんな優秀な三成さんが唯一と言ってもいいのかもしれませんが、とても苦手なことがありました。




    それが、「戦(いくさ)」で、いまで言う戦争です。




    さて、今日はもう長くなってしまいました。




    この続きは、明日にしましょうねICON118




    つづく


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  • Posted by 吉祥(きちよし) at 11:11歴史を考える

    2017年03月13日

    「歴史好きが語る歴史のお話」

    歴史 繰り返す ロマン



    昨日の「島左近」の話の中でも言いましたが、ぼくは歴史好きです。




    残念ながら巷ではやり始めた「歴ドル」のようなかわいらしさのかけらもないようなおっさんの戯言ですが(笑)




    さて、歴史というのは好きか嫌いかがとてもはっきり別れるように感じます。




    それは、今も昔も変わらないようですね(笑)




    歴史が嫌いな人は、歴史を暗記科目として認識していて、覚えるのが苦手だから歴史が嫌いと思っている人はいないでしょうか?



    もし、そうであれば歴史の考え方を変えるだけで歴史好きになれるかもしれませんよICON64




    そうではなくて、歴史そのものに興味がない人もいてると思います。




    その場合は・・・どうかな?好きになれるかな??自信ないですね~(笑)




    そもそもというか、歴史に限ったことではありませんが、人にはやはり得手不得手があります。




    「好きなこと・興味のあること・やってみたいこと」があれば「嫌いなこと・無関心なこと・やりたくないこと」も同じだけありますよね。




    そうやってバランスが取れていると思います。




    ですので、歴史が嫌いなことが悪いわけでもなければ、歴史が好きなことが優れているわけでもありません。




    それでも、歴史好きとのぼくとしては歴史に興味がないということがちょっともったいない気がするんです。




    今はどうかわかりませんが、ぼくが会社に就職したころはまだ上司に歴史好きの人がいて、その話題で距離を縮めるなんてことがよくありました。




    と言っても、まだ10年くらい前の話です。




    どうしてかわかりませんが、会社のえらいさんは歴史が好きなようです(笑)




    もちろん、一般化は出来ませんが・・・face07




    というわけで、一回歴史の話をブログでもしてみようかなと思います。




    教科書に出てくるような話ではなく、どちらかというとその人がどういう人だったのか。




    何で歴史に名前が残っているのかということを話したいと思います。




    さて、記念すべき第一回目は「石田三成」にしてみましょうかface02




    一般的には、あまりいいイメージを持たれていませんが、きっと少し見方を変えるとこれほどいい人はいないと思いますよicon12




    では、あしたから始めてみましょうICON118




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    タグ :歴史


  • Posted by 吉祥(きちよし) at 11:11歴史を考える

    2017年03月12日

    「島左近」

    島左近 平群




    今日は、ちょっと奈良の歴史の話をひとつ話してみようかなと(笑)




    ぼくは歴史が大好きなのですが、ぼくが好きな人の中に「島左近(しまさこん)」という人がいます。




    歴史が好きな人はご存知の方もいると思いますが、実はこの「島左近」という人は奈良県に住んでいた人なんです。




    当たり前で昔の話になりますが、生駒を少し南の方に行くと「平群(へぐり)」という地名があります。




    そこに、「椿井(つばい)城」という城があって、そこにいてたと言われています。

    ※残念ながら今はもう城はないようで、跡地になっています。




    この「島左近」という人物は、石田三成の参謀として友人として、命をかけてそばにいた人物で、みんなから慕われていたと伝わっています。




    残念ながら石田三成に対しては、あまりいいイメージが持たれていない人が多いかもしれませんが、愚直なまでに真面目に豊臣の世を守ろうとしたのだと思います。




    ただ、今で言うところの石頭で融通が利かなかったことで周りとコミュニケーションがとれなかったんでしょうね。




    ずっと、信頼している上司を補佐をしているような立場であれば能力を発揮できたんでしょうけど・・・




    石田三成の話はこれくらいにして、そんな光成にすぎたるものとして「島左近」の名が挙げられました。




    「すぎたるもの」というのはもったいないということです。




    つまり、「島左近」は石田三成にはもったいないくらい優れた武将だということです。




    きっと、「島左近」はそんなことこれっぽっちも思っていなかったと思いますけど(笑)




    今も昔も本人同士以外の外野からの声は変わらないんですよね(笑)




    そんな「島左近」の住んでいた「平群」までですが、「吉祥整体院」から南の方角に車で10分ほど行くと「くまがし」という道の駅に着きます。




    そこに、平群周辺の詳しい案内図や地元の野菜や果物を使ったレストランもあります。




    もちろん、野菜や果物・お花も売ってますから、晩御飯にどうぞICON118




    そして、そこから山の方へ行くと「椿井城跡」まで行けます。




    もうすこししたら、小春日和になりますし、地元の新鮮なお野菜を買って食べて、冬にはできなかった運動がてら椿井城までハイキングに行って、筋肉痛にならないように「吉祥整体院」で整体を受けて帰るなんて休日はいかがでしょうかface02




    ご連絡お待ちしております(笑)




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